獣医師 関まさひろの独り言

獣医師で著者の関まさひろが日ごろ頭の中で考えてることを独り言としてアップしていきます

クモの巣

今日、ベランダの上に大きなクモの巣を発見した。

 

クモの姿を探すと、クモの巣の端っこの方に丸まって風に揺れていた。

 

しばらく観察していると、一匹の小さな虫がそのクモの巣に引っかかってしまった。

 

虫が暴れもがいてるうちに端っこにいたクモがサワサワっと寄ってきて、その虫のところにたどり着いた。

 

虫を捉えて食べるのかと興味深く見ていると、そのクモはいきなり引っかかっている虫の体の上にまたがり、何かクルクルやっている。

 

数秒間経ったあと、その虫はまるでミイラのように糸でぐるぐる巻きにされてしまい、クモの巣にぶら下げられていた。

 

これでやっと食事にありつけて食べ始めるかと思うと、なんとそのクモはまた端っこに行き、丸くなって風に揺れ始めた。

 

この一連の出来事を見ていてふと思った。

 

もし自分がクモだとしたら、しばらく獲物がかかっていなくて、じっと待っていて、やっと虫が捕まったならば、すぐにでも捕食すると思う。

 

なぜなら生きていくためには食べることが必要だし、チャンスも限られているはず。

 

しかし実際のクモは、捕まった虫を食べずに宙吊りにしたまま、まるで保存食をぶら下げているようにしている。

 

この行動は一体なぜなんだろう?

 

クモに聞かなきゃわかるはずもない。

 

実は見てない時に他の餌が捕まって、食べたばかりかもしれない。

 

また、賢いアリのように、思うがままにすぐ食べるのではなく、いざ本当に困ったときのために貯蓄しているのかも知れない。

 

それか、虫が暴れているからしばらく身動きできないようにして、息絶えて静かになってからゆっくりと楽しもうと思っているのかもしれない。

 

いずれにしても、クモの人生のルールでは、当たり前に糸を出してそれを利用して自分の生活を成り立たせている。人間の家や道具のように。

 

あの小さな生き物の中にも、生きるという重大な経験をしていて、雨風に耐えながら一生懸命生きている。

 

まるで我々人間の人生のように、時には辛さを経験しながら、時には達成感と喜びに満足しながら、死に向かって歩んでいくように。

 

クモの人生は短い。しかしこの地上に生まれてきた以上、その世界でのルールの中で、沢山の経験をしながら生き抜くことに、なんらかの意味があるのだと思う。

 

生きることは、それぞれの個体がそれぞれの環境や状況の中で必死になって経験を踏むこと。

 

そこに成長やら進化やらがあるのだと思う。

 

小さな生き物を見ながらそんなことを考えてしまう今日この頃であった。

 

 

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